2010年11月12日金曜日

素材そのものを!

俺が住んでるアパートの隣は、神社になってる。
おかげでベランダに落ち葉がいっぱいで、いやぁ、毎度毎度めんどくさいねぇ。

で、神社の境内にはイチョウの木もあって、地面にはギンナンがたくさん。それを集めるおばあさんがいた。
子供たちは、ギンナンのあのにおいに大騒ぎ。

しばらくして、子供たちからこんな声が聞こえてくる。
「これ食べれるん?」

そうだね、素材そのものの味を楽しむなら、生で食べるのがいちば・・・・・ん?
まぁ待て!落ち着いて話し合おう。
悪いことは言わねぇ。ギンナンの生食はやめとけって!!

そもそも、あいつらは生で食えるのか?
茶碗蒸しに入ってるのしか食べた事ないぞ、俺は。


その後、バイトに向かう。
チーフが買ってきてくれた、お菓子を勧められる。
俺が甘いものだめだって知ってて、わざとやっているな。このアットホームな雰囲気、うちの店は相変わらずだ。

そのお菓子、ある人曰く
「砂糖だけを使ったお菓子って感じだよ。」
なんだとか。

うん、それはお菓子じゃなくてね、‘砂糖’って言うんだよ。
素材そのものにこだわんなくていいから、もっと美味しく頂いたらどうよ?

でもまぁ、確認してみたら、砂糖の塊じゃなくて、寒天のまわりを砂糖でコーティングした、カラフルな氷砂糖みたいなもんだった。見た目は綺麗だが、こりゃあ俺には食えないな。


相も変わらず、俺の体は甘いものを受け付けない。
これから先、ずっと食えないままなのかな?
別に、それでも全然構わないんだけどね。

2010年11月11日木曜日

感受性が乏しい

年明けの2日、中学の同窓会があるんだが、行けない。
というか、別に行きたくもない。

もちろん、会いたいやつもいる。正直、そいつらにだけ会えればいいから、同窓会だなんてそんな大々的なもんに興味はない。

だから、就活で今月末地元に帰るから、その時に、会いたいやつにだけあって、一緒に飲んで、他愛もない会話をして、戻ってこよう。


さて、話は変わるが、富山のファミリーパークって面白いの?
つまらないって話ばっかり聞くから、逆にどんだけつまらんのか検証しに行こうかと思ったけど、そもそも一人で行くとこじゃねぇし、かと言って、一緒に行く友達なんていねぇし。
そんな事言ってる間に3年のこの時期になって、忙しくて行けねぇし。

なんか、とある後輩の女の子曰く
「富山の人が言うつまらないところって、他県の人からしたらすっごい面白いですよ!」
だそうだ。
じゃああれかな、岐阜出身の俺にとっても、ファミリーパークって面白いところなのかな?
・・・・多分、そうでもないと思う。
ま、それは俺の人間性の問題だろうけどね。

テンションあがんねー
かと言って鬱でもねー
別になにも感じねー

普段から低いところで横一直線なんでね。
山無し、谷無し。平地だ!!

なんかまぁ、とりあえず無難に。平凡を愛する岐阜県民でしたとさ。

おしまい。

2010年11月9日火曜日

料理長就任!

研究室の料理長に就任した。
明後日の鍋パでは頑張ろう!!

ここ最近、パエリアを作ったりコロッケを作ったりしているうちに、人を集めて、みんなで俺が作った料理を食べてと言う事に、楽しみと言うか、ある種の快感を覚えるようになった!

もちろん、料理そのものが好きと言うのもあるが、それに付随して割と高い評価があると言う事が大きな要因だろう。
俺が作った料理でそんなに喜んでくれるんやったら、なら、次はこんなんでも作ってみよかみたいな感じでさ。
毎度毎度喜んでくれるのは、何とも嬉しい限りである。

時間が許す限り、そう言う機会を設けていきたいと、最近勝手に思っている。

小学生のころの夢が、居酒屋を開く事だった。
いつの日か、歳をとって退職してから、趣味程度の小さい店でいいから、そう言う事が出来たらいいなぁって思う。
ま、実現出来たら最高なんだけどね。

2010年11月8日月曜日

リア充の定義

最近この‘リア充’って単語をよく聞くんだが、果たしてどういう状態を指す言葉なのだろうか?

とある友人に聞いたところ
「一般的には、彼氏または彼女がいる状態の事を指すんだよ。」
との事。

はぁ。さようでございますか。

狭いなー
浅いなー

俺は彼女はいないし、いた事もない。
‘リア充’と言う言葉には、こういう俺みたいな恋愛不適合者に対する、ある種の侮蔑的意味合いも含まれているようにも思えたが、貴様らに俺の人生の価値を説かれてたまるかと、声を大にして言いたい!

負け惜しみだと思うやつは、勝手にそう思っていてくれればいい。

むしろ、彼女だとか何とか、そう言う感情にとらわれなかったおかげで、いろんな人と実に楽しい関わり方が出来たと思っている。
ま、楽しいばっかじゃなかったけど、つまらない恋愛感情におぼれてしまうよりかはよっぽど意義あるものだったと思う。

だがまぁ、そうは思わない人もたくさんいるわけで、だからこそ、‘リア充’なんてつまらない言葉が出来たりしているんだよね。
最初に言い出したやつって、どういう思いでこの言葉を発したんだろう?

正直、鼻で笑ってやりたくなるけどね。

ま、何に重きを置き、どういった事に価値を見出すかは人それぞれ違う。
単に俺は、一般的に‘リア充’と呼ばれている状態に、特別魅力を感じられないと、それだけの話なんだけどさ。